春。晴れた日の洗濯物みたいな匂いを南風が運んでくる。泥が落ちきらなかった白いスニーカー、風をいっぱいに溜めた紺色のパーカー、塗装が剥げかけた銀色の自転車。
「けんとーーー」
横断歩道の向こうで、ブレザーの制服姿でこちらに向かって歩きながら、あすかがこちらに手を振っていた。
「どこ行くん?」 「ちょっと海の方まで自転車で散歩」 「あすかは?」 「えっ、私も散歩なんやけど」 「一緒に来る?」
僕は自転車を押して、あすかと一緒に歩き始めた。自転車を漕いでいたときに力強く吹き付けていた南風は、歩き始めると幾分優しく感じた。
「なんで、制服着てたん?」 「部活で学校行ってて、お昼過ぎに帰って来たんだけど、家帰って制服脱いだら勉強する気なんないから」 「なるほど」
あれこれしゃべっているうちに、小学校が見えてきた。あっという間に月日は流れて、僕は高校生になった。
「ここ、けんとが通ってたとこ?」 「うん」
僕とあすかは隣の学区の小学校で、中学校で一緒になり、高校も一緒に地域の進学校に入った。地元の中学校から同じ高校に進学したのは四人しかおらず、僕はみんなとそれぞれ仲良くしていた。
「変な話していい?」 「なになに。どういう系?」 「昔話系」
あすかが聞きたい!と、食い気味に返事をする。僕は、頭の中で、おもむろに小学校の頃の記憶のアルバムを取り出す。グラウンドのそばの桜の木が並んだ小道を二人で歩きながら、僕は昔の話をはじめた。
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